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東北大学 多元物質科学研究所 木村勇太准教授にインタビューいたしました

 

  雨澤研究室のメンバーと

左から2番目が木村勇太准教授

 

コスパじゃなくて、納得できるかどうか

     **⽊村勇太** (東北⼤学 多元物質科学研究所)

文/堀部 直人 2026年取材

 

東北大学多元物質科学研究所で、全固体電池の研究に取り組む木村勇太さん。放射光X線を使って電池内部の反応を3次元で可視化する、独⾃のアプローチで注目を集めています。そんな木村さんですが、研究者になることを目指してキャリアを積み上げてきたわけではありませんでした。大学進学すら当たり前ではなかった新潟の田舎町から、「何となく面白そう」の選択を続けていった先に、計測・データ科学・電気化学を橋渡しする唯一無二の研究スタイルが生まれました。なんとなくからオリジナリティが創発したメカニズムと、研究者を目指す学生への率直な思いを深掘りしていきました。

米ぬかで何か作っている姿は、想像できた

木村さんは新潟県村上市の出身。ご両親は⾼卒で、実家は⽶農家。同級生の多くが高校を卒業して就職するような環境でした。「大学に進学するという選択肢は当たり前のものではありませんでした。それでも、何となく自分は進学しようかなぐらいの感じで過ごしていました」と当時を振り返ります。⾼校2年で⽂理選択を迎えます。「国語よりは数学の方が得意で、好きだった」。理系を選んだ理由は、それだけでした。ごく普通の⾼校⽣活。具体的な将来の夢や明確なキャリアプランはなく、サッカー部で友⼈と楽しく過ごす⽇々でした。

「転機と呼べるのかわからないのですが」と、高校3年のときのエピソードを紹介してくれました。クラスメイトと東北⼤学のオープンキャンパスに足を運び、数学が何となく好きだったことから、⽊村さんは理学部数学科をのぞいてみました。しかし、いざ⾒てみると「⾃分がそこでやっていく姿がちょっと想像できなかった」と言います。その足で工学部キャンパスを歩いていたとき、ある研究室に目が留まりました。摩擦の研究を軸に、⾝近な素材から実⽤的なものを作り出す研究室です。具体的には、⽶ぬかから天⽂台の望遠鏡に使われるセラミックスを作り出すというものでした。「実家が⽶農家なので、⽶ぬかはすごく⾝近なものでした。数学の研究をしている姿は想像できなかったけど、⽶ぬかで何か作っている姿は想像できました」。この直感に素直に従い、⽊村さんは⼯学部機械知能航空⼯学科を志望します。明確な目標と呼べるものではまだありませんでしたが、「⾯⽩そうだ」と感じた⽅へ、⼩さな⼀歩を踏み出しました。

 人生を変えた「第5希望」

⼯学部では4⼒学(材料⼒学、流体⼒学、熱⼒学、機械⼒学)を中⼼に学びました。なかでも⽊村さんが「⾯⽩い」と感じたのは熱⼒学でした。研究室配属では熱⼒学の研究室を第1希望に書きますが、成績順で決まるため落選。配属されたのは、「⾃分が何をやりたいのかわからない、どう進路を選んでいいかもわからない」という悩みを打ち明けた⽊村さんに、2時間もの時間を割いて⽿を傾けてくれたからという理由で第5希望に書いた川⽥達也先⽣・⾬澤浩史先⽣の研究室でした。このとき⾬澤先⽣は「『夢を持ちなさい』という話が好きではない。そうではなくて、今⾃分が楽しいと思ったことを素直にやっていけばいい。そうすれば道は開ける」と話してくれたそうです。

研究テーマではなく、⾬澤先⽣のこの⾔葉を受けて第5希望に書いたら、配属された。そして、提⽰されたテーマの中で興味を持てたものに素直に取り組んだ——。

この姿勢こそが⽊村さんの⼈⽣を切り拓いていくことになります。同時にこれは、研究室に通底する哲学でもありました。この研究室の源流を築いた固体イオニクス分野の⼤家の先⽣は「⾃分で研究テーマを選んだことは⼀度もない。」と話していたそうです。「⼈との出会いの中で研究を進めているうちに、⾃分のオリジナリティが⽣まれたんだ」と。⾬澤先⽣もこの⾔葉に深く共感していたといいます。目の前のことに集中して、興味があることを素直にやっていれば、そこには必ず⾃分の考えが⼊ってくる。だから自然とオリジナルになっていく。

研究室はこの哲学の実践の場となっていました。川⽥先⽣も⾬澤先⽣も、学⽣が持ってくるどんな些細な実験結果にも真剣に向き合います。「何時間でも議論に付き合ってくれる。先⽣と学⽣ではなく、1⼈の研究者として対等に接してくれる。⾃分だったらぱっと⾒て『次』って思っちゃうような結果でも、すごくじっくり考えて、『いや〜⾯⽩いね』って嬉しそうに⾔ってくれるんです」。研究を続けようかどうしようかと迷っていた⽊村さんが博士課程に進む決め手になったのは、研究テーマへの情熱というよりも、この先⽣たちのもとで過ごしたいという思いでした。

准教授となった今、その当時を振り返ると、日常のタスクを抱えながら学生の議論に何時間も付き合うことが、どれほど大変なことだったかがわかるといいます。川⽥先⽣は2026年3⽉に退職を迎えます。「恩返しができたかというと、何もできていないかもしれない」と木村さんは語ります。「でも、ペイフォワードというのでしょうか。学⽣がアイディアを持ってきたら、まず否定しないで、いいところを⾒つけてあげる。その姿勢を受け継いでいきたいです」

博士課程を終えるとき、木村さんは就職か研究かで揺れていました。「みんなが⾔うような会社に⼊ると、何となく⼈⽣が決まっちゃう気がして。それって⾯⽩くないなと思ったんです」。明確な理由はないものの、決まった道を歩むことへの漠然とした違和感がありました。そんな折、⾬澤先⽣から「ポスドク空いてるからやらない?」と軽い調⼦で声がかかります。

「何となく楽しそうだ」という直感のまま、その誘いに乗ることにしました。

好きなことを素直にやっていけば、自然とオリジナリティが生まれる

学部から博士課程までは固体酸化物形燃料電池を研究していましたが、ポスドクからは全固体電池へとテーマを切り替えます。対象は変わりましたが、根底にあるのは「固体の中をイオンがどう動くか」という基礎的な問いでした。「⼯学部なのだけど、結構理学っぽいところがありました」という研究室の空気が、そのスタイルを育てました。現在の木村さんの武器は、放射光X線を使った電池デバイスの3次元可視化技術です。全固体電池の電極は、イオンを蓄える物質とイオンを届ける物質を混ぜ合わせた複雑な構造をしています。すべての粒子にイオンを効率よく届けるにはどうすればいいか。木村さんはこれを「渋滞」と捉えました。10億ピクセルを超える⼤規模データから、電池の中のどこでイオンが渋滞を起こしているかを読み解いていくのです。

木村さんが特に関心を寄せているのは、集団的な反応パターン、いわば「創発」的な現象です。「充電が少し進んだ粒⼦は、イオンが⼊りやすくなるのです。そうすると、その粒⼦にだけどんどんイオンが⼊って、他には全然⼊らなくなる。1個の粒⼦だけでは予測できない反応の仕⽅になるのです」。これを解き明かすために木村さんが掲げるのが、計測×データ駆動科学×電気化学の「三つの掛け算」です。「計測だけでは『計測のための計測』になりかねない。データ科学だけでは、電気化学の⽂脈を理解せずに的外れな結論を導いてしまうかもしれない。だからこそ、この三つを掛け合わせることが、正しい問いと答えにたどり着く上で⼤事だと私は考えています」。ここに、⽊村さんのオリジナリティが創発しました。

この三つは、キャリアを⾒据えて計画的に⾝につけたものではありません。なんとなくではあるけれど、「好きなのはこっち」という選択の積み重ねでした。そう、⾬澤先⽣の⾔葉「好きなことを素直にやっていけば、⾃然とオリジナリティが⽣まれる」が、まさに実証された形なのです。

キャリアをコスパで考えない

「最後に博⼠課程への進学を考えている学⽣にメッセージをお願いします」という問いをきっかけに、インタビューはいつしか対話へと変わっていきました。対話を通じて思考を深めるというのが⽊村さんのスタイルであり、研究室の哲学の実践なのかもしれません。

東北⼤学でも博士課程に進む学⽣は決して多くありません。就職の選択肢、職の安定性、⽣涯年収、在学中の経済的な苦労。博士進学を選ばない理由は、どれも現実的で重たいものです。その気持ちは、かつてオープンキャンパスで「就職がいい」と聞いて⼯学部を選んだ⽊村さん自身、よくわかると⾔います。

では、それでも博⼠課程を選ぶ理由はあるのか。木村さんは簡単には答えが出せないと言います。「来い」と無責任には言えない。でも、「やめておけ」と覚悟を問うことにも、同じように責任が伴う。「なんとなく⾏きたいかも」という気持ちを否定することで、芽を摘んでしまうかもしれないから。木村さん自身、もし強い覚悟を問われていたら、博士課程に進まなかったかもしれないと言います。

対話が熱を帯びたのは、「短期的な損得の視点で見たデメリットが、人生という長いスパンでは、本当にデメリットと言えるのか」という問いが、どちらからともなく発せられたときでした。満⾜できない⼈⽣を選ぶこと、「あのときこうしていれば」という後悔を抱え続けること。そちらの⽅が、⼈⽣においてはるかに⼤きな損失になり得るのではないか。そうした対話の中、ノーベル化学賞を受賞した吉野彰さんの講演のエピソードが話題に上りました。研究がうまくいかない時も「まあ何とかなるわいな」と楽観的に構えていたと語っていた吉野さんの様子を思い浮かべながら、木村さんはこう続けました。「あの⽅は、ノーベル賞を受賞していなくても、たとえ研究が花開かなかったとしても、⼈⽣楽しかったっておっしゃるかもしれませんね」。

うまくいくかどうかはわからない。でも、納得した選択をして、納得した道を進んでいれば、後悔はないのではないか。予定していたインタビュー時間をはるかに超過した対話の中から、こんな言葉が生まれました。

「コスパじゃなくて、自分が納得できるかっていうのが一つの基準かもしれないですね」

明確な答えではないかもしれません。でも、⼈⽣も、世の中のいく先も、同じくらい不明確。

だからこそ、⾃分なりの道標を持つことが⼤切なのかもしれません。「好きなことに素直に従って、それに誠実に向き合う」。博士課程を選んでも選ばなくても、それが納得できる人生への羅針盤になるのではないでしょうか。

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⽊村勇太 KIMURA Yuta

東北大学多元物質科学研究所固体イオニクス・デバイス研究分野准教授

東北大学工学部機械知能航空工学科卒業。同大学院環境科学研究科修了。2015年博士(環境科学)取得。ポスドクを経て助教、現在准教授。JSTさきがけ研究者(2023-2026年度、「粒子集団の化学反応時空間ダイナミクスの情報計測基盤の構築」)。電気化学会進歩賞(2023年)、東北⼤学プロミネントリサーチフェロー(2024年)。

研究室HP: https://www2.tagen.tohoku.ac.jp/lab/amezawa/html/index-j.html

 

 

 

                                    

                                   

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