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東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所 佐々木遼馬助教にインタビューいたしました

 

                                   

                                   

                                     

 

 

 

 

 

 

脱線できるのがサイエンスの醍醐味

文 /堀部直人 2025年取材

リード

理学部に進むも理論の研究室がないことが発覚。指導教員の早期退職。博士号取得後は企業へ。脱線につぐ脱線の末、東京科学大学総合研究院化学生命科学研究所で助教を務める佐々木遼馬さんは、計算材料科学者として、電池材料のイオン伝導度計算を従来の100倍高速化する手法を開発し、次世代電池開発の加速に貢献します。佐々木さんは、自身のキャリアを振り返り、計画通りにいかない経験こそが自分にしかできない研究を生み出したと語ります。

間違えて進学してしまった先で電子相関を学ぶ

高校生のときのSSH(スーパーサイエンススクール)が、佐々木さんが研究者を志すきっかけでした。イギリスに渡航したり、大学の研究者と交流したりする中で、研究という営みに魅了されていきました。「『博士』という響き、かっこよくないですか」と無邪気に憧れていた頃のことを笑いながら話します。

化学に強い興味を持っていた佐々木さんは、東京工業大学工学部の応用化学に進みます。ところが、1年次に物理学にすっかりハマってしまいます。そして、「物理と化学を絡めた理論ベースの研究がしたい。理論をやるなら理学部ではないか」と考え、理学部化学へと所属を変えました。

ここで思わぬ「脱線」が発生します。佐々木さんが進学した理学部化学科には、理論の研究室がなかったのです。「理論の研究室がないのに気づかずに間違えて進学してしまったんです」と苦笑い。そこで取り組むことになったのは、二電子励起分子の電子相関という量子化学の実験研究でした。つくばのKEK‐PF(高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリー)で昼夜問わず実験に従事し、単純化された一粒子的な近似描像では見られない美しい現象を多く目の当たりにしました。その現象の根源は、電⼦同⼠が複雑に絡み合う多粒⼦的な効果(電⼦相関)にあり、「⼀粒⼦近似に頼らず多粒⼦をしっかりと扱う」ことの重要さを⾝をもって学んだのです。この経験が幾年かの時を経て、佐々⽊さんの研究で花開きます。しかし、それはまだ少し先の話です。

予想外の転機が、新しい世界を開く

修⼠課程に進んだ佐々⽊さんは、念願の理論研究に取り組みます。液晶という、固体と液体の中間的な性質を持つ物質の中で、どのように熱が流れるかを理論ベースで解析する「液晶材料の熱伝導機構」というテーマの研究でした。

ここで佐々⽊さんは「非平衡シミュレーション」という⼿法を学びます。通常のシミュレーションは平衡状態という「すべての物質やエネルギーが全体として落ち着いている状態」を想定するのですが、非平衡シミュレーションでは温度の勾配や電位の偏りといった、実際のデバイスや材料が動作する条件を課します。

順調に研究を進め、博⼠課程に進もうとしたとき予想外の事態が起こります。指導教員が想定より早く退職することになってしまったのです。そこで⼿を差し伸べてくれたのが、当時東京⼯業⼤学にいた⼀杉太郎先⽣でした。⼀杉先⽣の紹介で、佐々⽊さんは館⼭佳尚先⽣の研究室に加わることになります。館⼭先⽣は茨城県つくば市の物質・材料研究機構(NIMS)で研究を⾏っていました。佐々⽊さんはそこで、電池材料のイオン伝導という新しい研究テーマに出会うことになります。

液晶から電池材料へ。⼀⾒、⼤きな脱線に思えますが、佐々⽊さんにとっては⾃然な流れだったようです。「どちらも輸送現象を扱っているという点で共通していますし、修⼠で学んだ非平衡シミュレーションの⼿法が活きるテーマでした。」

企業での1年間――課題解決の現場で⾒えたもの

2023年3⽉、博⼠号を取得した佐々⽊さんは、多くの⼈が予想しなかった選択をします。アカデミアに残るのではなく、住友化学株式会社のデジタル⾰新部・R&Dデータ科学チームに研究員として⼊社したのです。「アカデミアの世界を経験して、⾃分なりの仕事というものが少しわかってきました。今度は企業の視点を学んでみたい。」そう考えての決断でした。あえて脱線してみることにしたとも⾔えるかもしれません。

住友化学では、社内のDX推進という、研究とは異なる役割を担当しました。シミュレーションを専門とし、情報技術と材料の両⽅がわかる⼈材として、佐々⽊さんは企業の研究活動にDXを取り⼊れて新しい競争⼒を⽣み出すサポートをすることになったのです。「全社に関わる仕事だったので、⽇本の企業がどうやってお⾦を稼いでいるか、どう研究を進めているか、俯瞰的に⾒られたのがよかったです。また、マテリアルズインフォマティクスの最新技術に触れることもできました。」

⼀⽅で、企業での1年間を通じて、佐々⽊さんはある重要な気づきを得ます。「企業の研究を⾒せてもらって、脱線ができないなっていうのを感じました」と佐々⽊さん。この意味を、エンジニアリングとサイエンスの違いとして説明してくれました。

「エンジニアリングというのは、与えられた特定の課題を解決していく活動です。アカデミアでは、ある課題にトライしていくうえで別の課題が⽣じたり、私のように思わぬきっかけで別のテーマに挑戦することになったりということがあります。このとき、そっちの⽅がおもしろいと思ったら、そっちに全集中してもいい。この脱線できる⾃由がアカデミアの研究の楽しいところだと思っています」

脱線できる⾃由を求めてアカデミアに

2024年4⽉、佐々⽊さんは東京科学⼤学(旧東京⼯業⼤学)の助教として、アカデミアに戻る決断をします。企業に⼊社してわずか1年後のことでした。

きっかけは、博⼠課程の指導教員だった館⼭先⽣が、物質・材料研究機構から東京科学⼤学に移るタイミングで助教を募集していたこと。「本当はもっと⻑く企業にいるつもりでした。でも、⼤学の公募ってタイミングが読めないんです。こういう機会はめったにない。戻るのは今しかないと思いました」

「学⽣時代に3回研究室を変更して、さらに企業も経験した。こうした経験が独⾃の研究につながっています」と佐々⽊さんは語ります。物理・化学・情報の学際領域で、異分野の着眼点を持ち、企業とアカデミアの違いも知っている。この独⾃の視点こそが、佐々⽊さんの強みです。

すべての経験が結実する――イオン渋滞学

アカデミアに復帰した佐々⽊さんが取り組んでいるのが、「イオン渋滞学」という新しい学問領域の構築です。この学術変⾰領域研究(A)は、電池や触媒の中でのイオンの流れを、道路における⾃動⾞の交通渋滞になぞらえて理解しようという独創的なプロジェクトです。

次世代電池、特に全固体電池の開発を加速するためには、新しい電解質材料のイオン伝導度を迅速に評価する必要があります。しかし、従来の計算⼿法には⼤きな問題点がありました。よく⽤いられる各イオンが独⽴して動くと仮定する近似では、多数のイオンが協同的に動く「イオン渋滞」の効果を捉えられないのです。この問題点にいち早く気づいたきっかけは、学部時代に⼆電⼦励起状態の研究で学んだ「⼀粒⼦近似に頼らず多粒⼦をしっかりと取り扱う」必要性を説いた学問構造からです。⼆電⼦励起状態と全固体電池、どうやっても交わらないと思っていた分野の根本には共通した学問構造があったのです。しかし、多粒⼦の相関をしっかりと取り扱うのには膨⼤な計算コストがかかってしまうことが課題でした。

この計算の壁を打ち破るために佐々⽊さんらが開発したのが、「定電流非平衡分⼦動⼒学法」です。これは、実験室でバッテリーの性能を評価するために⾏われる「定電流試験」を、コンピュータの中で仮想的に⾏うことに相当します。

その成果は劇的でした。従来法と⽐較して、デバイスの動作温度である室温付近で100倍を超える計算の⾼速化を達成したのです。この研究成果は、学術誌『PRX Energy』に掲載され、東京科学⼤学と科学技術振興機構から共同でプレスリリースされるなど、⾼い注目を集めました。

この画期的な⼿法の開発は、佐々⽊さんのこれまでの「脱線」の積み重ねから⽣まれました。学部で学んだ電⼦相関の概念がイオン相関の理解に活き、修⼠で学んだ非平衡シミュレーションの⼿法が⼟台となり新しい計算⼿法に組み込まれていきました。

「この研究は⾃分にしかできないだろうという実感があります」と⼒強く語る佐々⽊さん。それは、⼀⾒バラバラに⾒える経験を統合し、独⾃の視点から問題に取り組んでいることからくる⾃信なのでしょう。計画性のなさから出会った研究テーマ、予想外の転機、意図的な脱線と脱線できる⾃由への憧れ。それらすべてが、今この瞬間のブレークスルーを⽣み出したのです。

振り返るとすべて繋がっている

佐々⽊さんに博⼠課程への進学を迷っている学⽣へのメッセージを尋ねると、ロマンと現実の両⾯からその魅⼒を語ってくれました。

「博⼠課程の間って、本当に研究だけに没頭できる、約束された期間なんです」と佐々⽊さん。「与えられたテーマではなく、テーマをデザインするところまでできる楽しさがあります。」そして、佐々⽊さん⾃⾝の経験を踏まえて、こう付け加えます。「⾃分の弱点や失敗も、研究という営みの中では独⾃性に変わります。計画性がなくて脱線ばかりでも、それが結果的に⾃分にしかできない研究を⽣むんです。⾃分らしい⽣き⽅そのものが研究の武器になる。それが博⼠課程のおもしろさであり、ロマンだと思います」

⼀⽅、現実的な視点からも、博⼠課程の価値を強調します。「周囲の博⼠進学者に⽐べて研究への熱量が⾜りないんじゃないかと思う⼈ほど博⼠課程に進むべきだと思っています。⾃分のやりたいことでより⼤きな⼒を発揮する熱量が⾼い⼈だけでは社会は成り⽴ちません。⾼い専門性を持ちつつも臨機応変に⾊々な課題に対応できる柔軟な⼈も必要です。博⼠課程では、⼈類が誰も解けていない課題を⾒つけ解いていくことで、課題発⾒から解決までのスキルセットを⼗⼆分に⾝につけられます。今はVUCAの時代と⾔われ、先⾏きが⾒えない中で臨機応変に対応できる⼈材がますます求められています。10年後に希少かつ社会に求められる⼈材になるのに、博⼠課程はうってつけなのです」

佐々⽊さんは⼒強くこう締めくくります。「脱線を恐れずに、⾃分がおもしろいと思う⽅向に進んでいってほしい。計画通りにいかないことも、後から振り返ればすべて繋がっているはずです」
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※2025年取材時
⽂/堀部直⼈


東京科学⼤学総合研究院化学⽣命科学研究所助教
SASAKI Ryoma
佐々⽊遼⾺
2018年東京⼯業⼤学理学部化学科卒業。2020年同⼤学院物質理⼯学院応⽤化学系修⼠課程修
了。2023年同博⼠課程修了。博⼠(⼯学)。博⼠課程在学中、⽇本学術振興会特別研究員
(DC2)および物質・材料研究機構(NIMS)ジュニア研究員を兼任。2023年住友化学株式会社デジ
タル⾰新部・R&Dデータ科学チーム研究員。2024年より現職。
研究室HP: https://www.cd-mach.cls.iir.titech.ac.jp/ , https://srak-uf.github.io/about_jp/

 

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